雑談エントリー

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“雑談エントリー” への850件の返信

  1. ところで金ロー
    ワシはコアなアニメファンではないのでいまいちなんだけど
    松本人志とどっちがええかな

  2. 打率2割5分のウケ狙いは達成した気がする
    今日はキンピラ・・・セーフwで飲んでみた
    ちょっとさみしい

  3. 何で自信がない事を言ってしまう時に名前出しちゃうんだろ・・・
    勘違いで攻撃的な言い方をしなかったのが救い

    ぶーびーとらっぷ

  4. 意味がわからんぞ話、第何段目かわからん

    「三・一万歳運動の写真、妓生ではなく女学生だった」
    ttps://news.yahoo.co.jp/articles/7858d12c7adb54fcfd782444201d944822d552b6

    この件、ワシはまったく興味がないので知らんのだけど
    キーセンでなくて女学生だったら、話何か変わるのかに?

    思いっ切り想像したワシの中の答えは、
    搾取されてる労働者じゃなくて、裕福な家庭で育った頭弱いのが動員されたって事になりーの
    誰かにとって不都合な史実になる

    ここが限界で、当たってる気は少しもない

  5. コロナでマスクがデフォになり、女子は目元だけ化粧しとけばいいって油断があるという
    (エロ遭遇でなく
    それは知らんが、マスクで隠せるから髭剃りしなくてもいいや、ってのはあると思います

    んで風呂入って鏡を見る機会が減りーの
    たまに見たら「あんた誰よ~!」ってなるのはワシだけかね?

  6. 深い意味はまったくないが、銀杏の葉っぱ見て放浪癖が芽を出してきたので
    お気に入り上位の歌を紹介

    かまやつひろし/どうにかなるさ (1970年)
    ttps://www.youtube.com/watch?v=ULNtdtM7m7M

    日が短くなってくると、しみじみ心になるというが
    それって北欧での自殺原因第一位である日照鬱ですから
    あー思い付きで南へ向かって放浪したいなあ・・・
    今からだとチャリはスパイク履いてないと峠超えられないから担いで輪行かあ
    どうすっかな

  7. 沖縄で介護の仕事をしています。
    コロナ禍の中だったので、沖縄観光など全くしていませんが、日々めちゃくちゃディープな沖縄を体験中です。

    おばあ達は、よく歌を歌います。
    音程のハズレた味のある歌声は、本当に微笑ましく愛らしい。

    でもね、
    最初に聞いた時、実はゾッとしました。
    ザワザワしたというか、ワサワサしたというか。。。

    おばあ達のよく歌う歌って、唱歌なんです。
    沖縄の歌じゃなくて。
    紅葉もしないのに「もみじ」、田んぼも無いのに「かかし」、電車も走ってないのに「汽車ぽっぽ」。。。
    ( 収まりが悪いという意味で、) なんだか気持ちが悪いのです。
    私にとっては原風景だけど、知らない景色を楽しそうに歌うおばあ達に、違和感やら申し訳なさやら感じてしまった。

    特に「ふるさと」はね。
    おばあ達にとって、絶対に原風景じゃないのに「ふるさと」( という題名 ) で、子供の頃の懐かしい懐かしい歌なんですよ。

    「唐船ドーイ」でカチャーシーを踊ってる方がしっくり来るのに。

    だから沖縄で、「親日清算」の意味がちょっとだけ分かった気がしました。
    異国の歌を自分の歌として歌っているおばあ達に、「やめろ」と言いたくなる気持ちが、はじまりであったのかなって。

    でも彼女たちにとって、そういう歌を歌って過ごしたのが、既に原風景なわけでね。
    秋と言えば、「もみじ」で「里の秋」なんよ。
    おばあ達が子供の頃はまだ、カラー写真もなくて、紅葉なんて本当に見たことなかっただろうに、♪てーるーやーまーもーみーじー。で、
    物流も大したことないから、栗なんて見たこともなかっただろうに、♪くーりのーみーにてーまーす いろーりばあたー。なのさあ。
    一体どういう気持ちで歌ってんのかなあ?
    って思ってたし、今でも思う。

    でもね、沖縄で暮らしてると、
    「あ、いいんだ。これでいいんだ。」って思うようになるわけよ。
    あ、なーんだ。うちらが MTV 見て、わかってもいないのに、アメリカンポップス歌ってた ( サビだけ ) みたいなもんだな。ってなる。

    戦後アメリカーだったのに、アメリカーの歌は歌わないけど、アメリカーな食文化には影響受けまくりで、カロリー無視な「アメリカーご飯」が大好きだったりする。

    もちろん中華の影響は、先祖崇拝とかに残っているし。
    でも沖縄は基本自然崇拝だから、中華文明が浸透はしなかったのだと思う。

    沖縄はチャンプルー ( ごちゃ混ぜ ) 文化だから、なんでもありでいいんだって。w 
    沖縄( うちなーは、琉球よりもずっと古い地域名称 ) は、大和ではないけど、確かに日本だと感じています。

    この話し、「ふるさと」中心で考えていたのに、シンシアリーさんの写真のせいで、「もみじ」中心になっちゃいました。w

    1. 「なつかしさ」には「具体的な実体験に基づく親近感」と「なつかしさというイメージを醸し出すイデアのようなもの」が有ると思います。
      「たいていの物事」には、両方の要素が入っています。

      で、どちらかと言うと「イデア」の方が効き目が強い。
      例えば、私は、アメリカに行った事が無いのに、景色もよく知らないのに、「カントリーロード」という歌が大好きで「とてもなつかしい感覚」にとらわれます。
      この歌には「なつかしさのイデア」が、かなり大量に入っているのでしょう。
      「ふるさと」とか「もみじ」とか「里の秋」とかも、そうなのですよ。

      「ウサギ狩りをした」という経験が無くても。
      「夕陽に照る山紅葉」という経験が無くても。
      「クリの実を煮てた」という経験が無くても。

      ついでに、安達太良山の麓を通ったときに出来た短歌を。
      私は「ふるさと」の歌詞の3番の最後が好きなのです。
      「ほんとうの空より青き わが胸の ふるさとの空 ふるさとの山」

      そもそもの話
      「日本」が、そもそも「かなりチャンプルー」です。縄文時代から現代まで、何千年も「煮込まれている」ので、すでに「チャンプルーである事」が分からなくなっていますが。

      1. とろいやさんが、最後の段落で仰っている「日本」というのは大和の事?
        それとも、沖縄、北海道を含む日本全域の事ですか?

        長い年月をかけて煮込まれたものは、チャンプルーではなく「煮物」です。w
        チャンプルーは、ごちゃ混ぜの「炒め物」。
        近代になって短期的に混ぜ合わされた、沖縄の文化は、まさに炒め物。
        煮込まれてはいないのです。
        形が残っているから、分けることもできます。
        これは中国、これはアメリカー、これは大和ってね。

        だから、凄く違和感があるのです。
        おばあ達「異国の歌」を歌ってるなあ。って思ってしまうのです。
        だって雪なんか降らないのに、「雪やこんこ」とかも歌うんですよ。
        コタツもないのに、♪ねーこはこたつでまるくなる〜ってさ。
        ちなみに猫は「まやー」と言います。

        そもそも、
        「ふるさと」だって「里の秋」だって、西洋音階で作られた新しい歌じゃないですか。
        それでも、自分のばあちゃん達が歌ってるのは、しっくり来ていた。
        それは、大和の人が大和の風景を詠んだ歌だからだと思うのです。

        やっぱりね、
        無理はしたんだと思うんですよ。
        新興国「日本」は。
        文化侵略はしてますよ。どうしたって。
        でも沖縄の人たちは、それが沖縄だって言うんだ。韓国と違ってね。

        ちなみにアメリカは、食べ物ばら撒いて自国の豊かさをアピールしながら、ウチナーンチュの胃袋を掴みました。w

        1. 唱歌や童謡に歌われた原風景を色々と体験して育って来ましたが、雪や汽車や馬は違うんですよ。そして、富士山。
          首都圏に来て感じたのは富士山の存在感。日本を象徴する山と言っても、日本神話にもほとんど登場しないわけで、西日本の住人にとっては「異国」の山です。
          (冬季に見えると、なんかうれしいんですけどね。大学受験の朝、新宿のホテルから見えた富士山は綺麗だったな。)

          結局、近代日本の国民創生のために、各地のあれこれを集めてきて共有しようとしたものなので、実体験ではなくても同胞(やその先祖)の体験の追体験でいいのです。
          (日本史の英雄だって、ある地方の人々にとっては侵略者だし。世界では、これは致命的ともいえる問題なのですが。)

          >文化侵略はしてますよ。どうしたって。

          本土(特に地方)も、近代化以前の文化は(主に経済的理由で自ら)相当捨てていますから、あまり気にしないんですよ。(韓国もですが)捨てている時は、本人たちは文化侵略されているとは思わないわけで。
          経済的に非合理になった古い文化をそのまま残せというのは、何か違うと思います。
          中国で漢族以外の少数民族の文化を残そうとしているのですが、本気でやると人間動物園、仕事でやるとコスプレでしかないのですよね。一方で、(自然に任せて)完全に同化するのがいいのかというと考え込んでしまうわけで。
          (日本では、アイヌがそうです。ほぼ完全に同化してしまいました。アイヌ語は(母語としては)ほぼ消滅していますから。)

          でも、土鍋で魚介類をつついていると「これは縄文時代からの文化だよなー」と思います。

          1. >>首都圏に来て感じたのは富士山の存在感。

            あ、分かる。
            富士山って、実際に見ると心を掴まれますね。
            初めてちゃんと富士山を見たのは、友達と2人で東京に遊びに行った時。
            新幹線の窓から見えた姿に
            「あれって、富士山?」って。w
            見えなくなるまで、2人で言葉も無く見つめていました。
            テレビでは感じられないけど、
            「霊峰」の冠が似合う威厳のある山ですよね。特別です。

            首都圏に住んでいた時には、キレイに晴れた朝にだけ、富士山が見える歩道橋があって、よく見に行ってました。

        2. いわゆる日本的な情景、の歌ってあるやん
          あれら、蝦夷から見たらまったく季節感が違う異国の歌よ、実際
          今でも本州を、普通に内地って呼ぶし
          自分が日本の中の人かどうか、疑ってしまいたくなる要素はいっぱいありますわ
          前に、愛知の岡崎からあっちは行った事がないので、未開の地と言ったらひんしゅく買った
          でも本音と言えば本音で、それがもっと南の九州沖縄方面となると
          ほぼ日本語が通じる外国ですわ
          たまたま本家筋が土佐だったので、そのつながりを想像して四国は外国認識ないが知らない土地ではある

          てか沖縄独立とか分離とか言い出したのって、米と手打ちして本土復帰された事への
          左翼カウンター工作ですから

          1. 沖縄も「内地」って言います。
            沖縄以外の人を「ナイチャー」って言う。
            道民も「ナイチャー」だから、変な感じになる。w

            「大和( やまとぅ)」「やまとぅんちゅ」とか「本土」とかの言葉も普通に使います。w
            「来年は沖縄県の本土復帰50年」ってラジオから聞こえて来た時には、ひっくり返りそうになったワ。
            「本土」???
            今でも使うんかいっ! ってね。

            仰る通り、沖縄の独立は左翼の工作です。
            普通のウチナーンチュは、日本からの分離独立なんて考えたこともないよ。
            独立したいかなんてて聞いたら、「はあ? 何言ってんの?」って返されておしまいでしょうね。w

          2. 蝦夷で本家筋が土佐って、維新の時の開拓団の子孫でしょうか?

            南の太平洋側の人間からすると、北海道の特に日本海・オホーツク海側は異国です。海の色と日の高さが違いすぎです。利尻や根室の夜は夏でも凍えたし。(北海道は何度か「夏」に行っているのですが、襟裳岬だけ抜けていてちょっと悔しい。)

          3. 墓碑や家系図だと、明治34年入植らしいっす
            入植としては遅い方なので、蝦夷地の左側の「まだマシな土地」には入れなかった
            まあそれでも、最悪の土地と呼ばれた「新十津川」よりはマシだったかもしれない
            今は、米がとれるかとれないかで逆転してるけどw

      2. 最後の所の「日本」は、
        「日本という文化圏全体の現状」です。

        「チャンプルー」を「ごちゃ混ぜ」という意味だけに使ったので、ちょっと違和感が有りますね、言われてみると。
        「チャンプルー」は料理法としては「強火で短時間で炒めるもの」と解説されてました。ならば生活実感として「じっくりと煮込んだもの」をチャンプルーと言うのは変ですね、納得。

        それはともかく、現代のほとんどの文化圏が、成立を精査してみれば「文化侵略の結果」です。
        それを踏まえて、現代日本は、下でmottonさんが指摘してくれたように「近代国家としての一体感を醸成するための営為」が積み重なったもの。
        で、それが「今、融和している」のが「良いなあ」と、私は思うのです。「なつかしさのイデア」に昇華したみたいな感じですね。

        しかし、沖縄は「とても強い火力で、ごく短時間に、炒め合わされた」ので、まだ「各材料の原型」が生々しく残っている。
        そういう風に理解しました。
        で、それも「味わい」の内、と。

        高校生の頃、家族旅行した時に「ヤギの中身汁」を食べました。
        非常に美味しかったのに、ヤギは普段食わないから、家族の誰も食わない。なので、私一人で存分に食べました。
        ついでに言うと、沖縄旋法が私は好きなんですよ。
        沖縄ポップス、カラオケでよく歌います。自分で言うのも何だけど、すごく上手いです。沖縄旋法特有の節回しが、自分の声に合っていると感じます。
        沖縄ポップスの作り手には「アレ系」が多いのが残念ですが。
        作品は「作り手の意向」とは関係なく「生きている」のでね。

        1. そうなんです。
          くたくたに煮込まれた「煮物」も美味しいし、強火でさっと炒めたチャンプルーも美味しいんです。
          もちろん沖縄にも煮込み料理はあります。

          旧暦で動いているので、全然違う日に「あ、明日ついたちだった。」とかって言います。
          「ヒヌカン」に「チャーギ」を「うさげないと」って「トートーメー」の家の人が言うわけさ。w
          ( 火の神の神棚に、榊を捧げないとって本家の人が言う。とだいたい同義です。)
          こういうディープな沖縄を、体験できる環境に就職できて良かったなあと思ってます。

          沖縄のポップスのいいところはね、とろいやさんの仰るように、沖縄民謡の旋律がベースなので、おじい おばあも楽しめるところです。
          バンドの名前は知らなくても、りんけんバンドも、BEGINも、THE BOOMも大好きで、かけると楽しそう聞いてくれる。
          その点で言うと、世代間のギャップが内地よりずっと少ないんですよ。

          >>mottonさんが指摘してくれたように「近代国家としての一体感を醸成するための営為」が積み重なったもの。

          についてちょっと。

          この間おじい達と、若い頃にあった「いっせんまちやぐゎー」の話しをしていまして、
          「まちやぐゎー」って言うのは「お店屋さん」のことです。
          それは知ってたのですが、「いっせん」は「一セント」の事だって言われて、「ああ、アメリカだったんだあ」って初めて実感として、ドンって入って来ました。
          だから、「戦後」がまた違うわけ。
          「戦後」を共有していないんですよ。沖縄だけは。

          そのギャップを、ナイチャーは分かっていない。
          その辺りが沖縄ポップスの作り手に「アレ系」が多い原因だと思います。

          来年は沖縄が日本に復帰して50年です。

          1. 分断は27年なので一世代分。返還は、辛うじて手遅れになる前だったと言えるでしょう。(ドイツは40年、朝鮮は既に70年以上)。
            佐藤栄作のノーベル平和賞は「非核三原則提唱」ではなく「非核三原則というペテンを用いた沖縄返還」がふさわしい。

          2. 手遅れになったかなあ?
            歴史を共有した時間が短いからなあ。

            でも、歴史は共有していなくても、感覚は共通する部分が大きいと思うのです。
            基本が自然崇拝で、神々も魔物もそこかしこにいて、拝ん所 ( うがんじゅ ) とかがそこら中にあって。
            中国、儒教の影響はあるけれど、全然儒教的じゃないのは、大和と一緒です。
            中国とは、人間の基本思想が共通しない。

            沖縄で暮らして思うのは、多分東南アジアまでは、日本の文化圏として手を伸ばす事は可能だろうな、と。
            侵略するとかではもちろんないですよ。
            植生が豊かで「神々と共存」してる所は、日本文化が通用というか、浸透するんだと思うのです。
            日本の方が、がそういう文化圏の北限とも言えますね。
            それとも、沖縄が返還されて50年も経ってるから、日本化が進んだだけなのかな?

            沖縄が今でもアメリカ領だったら、どんな感じになってるんだろう?

            ペテンを用いた返還と言えば、
            鄧小平の「一国二制度」が浮かびます。
            香港は死にましたね。
            香港が死んだお陰で、台湾は助かったとも言えますね。

          3. 敢えて言うけど、本土復帰って沖縄の民が言いだした事なのよね
            いつでもその時の統治者を悪者にして、「別なとこに所属したら幸せになれる気がする」症候群には
            イラっとする面もあるが、それは人間ならあるあるなので見ない事にしてるが、
            在日の帰国事業が、金日成に「帰国したいです」って手紙書いたのが始まりなのと一緒

            てかワシの偏見丸出しだと
            南方の人間は、贅沢しなけりゃ生きられるって感覚が強すぎるとおも
            自覚してる偏見ですよ悪魔でも

          4. スマン!
            ワシは鄧小平が、中華歴代の大物の中では一番好きなのだあ
            本当は趙紫陽がもう少し生きてりゃ一番なんだが

            見た目だけと言われたらそうだが、私欲少なそうやん・・・

          5. >>「別なとこに所属したら幸せになれる気がする」症候群には

            何か勘違いされているのかな?
            上の方でも書いていますが、普通の沖縄県民は、誰も日本が嫌だとは「言ってない」です。
            文句言ってるのは、左巻きだけで、左巻きがアレなのは、別に沖縄に限った事じゃないと思います。

            私が言いたいのは( 歌の事もそうですが ) 、「感覚の違い」という事です。

            ( 私を含め ) ナイチャーにとっての戦後は「復興」というイメージですが、ウチナーンチュにとっての戦後は「アメリカによる統治」です。
            だから「戦後」と一言で言ったら噛み合わないよって。

            南方の人間は、贅沢しなけりゃ生きられますよ実際に。
            私は、北海道にも約一年いた事がありますが、冬の雪国はそりゃあ厳しいと思いました。
            吹雪の中出掛けたら ( どうしてもの用事があったんですけどね )、風速30mで飛ばされそうになって、しばらく街灯にしがみついてましたね。w
            吹雪舐めてました。w

            私がいたのはたったの一年なので、本当の厳しさはわかってないと思います。
            楽しかっただけです。
            ママダンで雪かきしたりとか。w

          6. もう少しだけ。

            感覚の違いを理解し合わないと「共存」は難しい。と思っています。

            沖縄とは、日本という同一国家内ではあっても、やはり「共存」という感覚が必要だと思うのです。
            「共有」ではダメだと思うのです。

            北海道もなのかな?
            北海道にいた時の環境のせいか、まだ若かったからか、あまり感じなかったけど。

        2. さて、この「日本」を、もう少し掘り下げてみましょう。
          思うに、日本人の特殊性の一つが「領土主権」に関する意識の鈍さです。
          日本人は「領土」と「先祖代々の自分たちの土地」を、混同しています。
          前者に関する意識が希薄で、後者に関する意識が極めて強い。そして「後者は、神聖不可侵」だと思い込んでいます。
          これは、現代国際社会においては非常に危険な感覚です。

          国際社会では「法的に領土と認められている事」が重要なのであって、そこが「ある集団の先祖代々の土地」かどうかは、考慮はされるにしても「決定的要素」ではありません。
          さすがに外交の専門家や、それをライフワークにしている政治家は理解していますが、国民全体の意識はそれを理解していません。

          北方領土や竹島の領有権主張を怠らず、返還を要求し続けなければならないのは、そこが「先祖代々の土地」ではなくて「条約で、あるいは国際慣習法上で認められた領土」だから、です。

          ここからが本論。
          日本人の意識の中の「先祖代々の土地=日本」とは、どの辺りだろうか?を考えてみます。
          すごく「きつい言い方」になりますが、
          それは「本州・四国・九州(+付属島嶼)」だけだと思われます。
          北海道・沖縄は「別の民族の土地」でした。近世日本が膨張し、大日本帝国が膨張する過程で「日本の領土」になりましたが、多分「大方の日本人の原意識」では「沖縄はウチナンチュの土地・北海道はアイヌの土地」です。

          つまり、まだ「現代国際法上の日本国の領土」と「日本民族の先祖代々の土地」は、きちんと重なっていない。
          一方、ウチナンチュとアイヌを「日本人」の中に「包み込む事」は完了していない。
          北海道の場合は「アイヌがごく少数派になってしまい、伝統的な生活文化は成立しなくなった」という事態が重なっています。

          さて、ここまでの考察には「ふるさと」という視点が含まれていません。
          実は、それが「領土意識に関する【日本とは何か】の第三の要素」で、それも「他に二つと、きちんと重なりあっていない」という状況だと思われます。

          1. 樺太の領有権を巡って、日本とロシアが対立した時、アメリカから「買え」というアドバイスがあったけれど、日本にはそれが出来なかった。
            というエピソードを読んだ事があります。
            もし、その時に「買って」いたら、ロシアとの間に領土問題はなかったかもしれません。
            若しくは、全然別の形になっていたか。

            >>「先祖代々の土地=日本」
            をとろいやさんは、「本州・四国・九州(+付属島嶼)」と仰る。
            つまりここまでが、
            『「日本人」の中に「包み込む事」が完了している土地』
            という事ですよね。

            そこで疑問が湧くのです。
            東北や九州や四国の人にとって、「大和」とはどういうものなのですか?

            私はまさに「大和」なので、沖縄で「あんた大和ぅね?」って言われたら、「そうよ、大和よ」って普通に答えられるのですが ( 当たり前過ぎて、今の今まで意識したことさえなかった。)、東北、四国、九州の人って、どうなんですか?
            特に「薩摩隼人」なんて言葉もある、鹿児島県民なんかは、「日本」なら違和感ないと思うのですが、「大和ぅね?」って言われたら「違う」って思いそう。

            とろいやさんは福島ですよね。
            mottonさんは。。。あの辺。( バレバレですけど。w )
            その辺りの感覚、教えていただけますか?

            「大和魂」とかって言葉、普通に日本全体に適用するの、なんかムカついたりしませんか?
            だから「日本精神」って言ってたのかな?
            李登輝さんとか、よく言ってたけど。

          2. 実は、この話は「日本沈没」で、小松左京先生が提示したテーマなのです。
            「世界中に日本人が進出しても、日本人は【いざとなったら、列島に閉じこもれば良い】という意識が有る」と。
            「じゃあ、日本列島が無くなってしまったら、日本人はどうするのか?」というので小説が出来ている。

            その列島が「本州・四国・九州・北海道」だったような気がするんですが、どうも「今、つらつら考えてみると」北海道には微妙な違和感が有ります。
            小松先生が言ったのよりも範囲が狭くて、日本人にとって「日本」とは、三つの島の事なのではないか、と。
            まあ、小説で「沈没」させるのには異議は無いですが。

            「ふるさとであり、先祖代々の土地であり、法的根拠など関係無しに日本人の土地である所」。これが「一般的な日本人が【日本】と意識する範囲」じゃないでしょうか。
            この場合「ふるさと」とは「出身地」という意味と「自分個人にとっての懐かしさの原点」という意味が重なっている場所です。

            さて、福島県人である私にとって「ふるさと」とは「福島県」なのか?
            答えは「No」です。「ふるさと」も濃度が違うんですよ。同じ県内でも「会津」や「白河」は文化が違うのを感じて明らかに「ふるさと度」が下がります。
            同じ郡内でさえ「自分の町」じゃないと「ふるさと度」は下がります。
            白河の関から南へ行ったり、北東北へ行ったりすると、別世界です。でも「東日本」は「ふるさとの要素」を感じます、「拡大バージョンのふるさと」。
            そして、箱根から向こうは、完全に「異郷」。
            「ふるさと」という感覚って、そういうものじゃないでしょうか。

            しかし「日本」と言われると、範囲が違って来て、どうしても「法的に」考えてしまいます。
            ゆえに「本州・四国・九州」が「本来の日本なのだ」という意識は希薄です。そういう意味で、私は「日本人度」が低いのかも知れません。
            ですから、私が考える「日本」とは、「国際法上、日本が主権を主張して良い範囲」=「南樺太・千島から沖縄まで」ですね。「異郷」であっても「日本」。

            沖縄は「異郷である」という点で、私にとっては大阪や九州と同じです。でも「日本」。
            北海道は「故郷としての要素」が有るので「拡大バージョンのふるさと」には入ります。

            「大和」は「古文の教養」として「古代史の舞台」として、それしか「思い入れの成り立ちようが無い」のです。
            暮らしたことが無いので、「観念的に」しか、その土地やその言葉がどういう意味を持っているかを捉えられません。
            「大和」とは「日本の美称の一つ」とか「沖縄では、ウチナーとヤマトを対比して使う」と「まず知識から」入るので、何にも違和感は無いです。

            ただ、高校の修学旅行で奈良に行ったとき「奈良盆地に霞みたなびく景色」を見て「ああ、これが【日本(やまと)】の原風景かな」と感じた事は覚えています。それも「かなり強烈に」。
            あの景色は、今でも【懐かしい】です。

          3. 『坂の上の雲』に久松五勇士のエピソードが載っていたのですが、宮古島の人々は既に(国民 nation としての)日本人なんですよね。
            共に戦った同じ国民であるウチナンチュの土地は、(国民 nation としての)日本人の土地です。

            国際法は現在の秩序の追認の性格があります(秩序の否認=戦争だから)。だから、「実際に住んでいる」というのは領土問題で非常に強いものがあります。
            「処女地にやってきた先祖から代々住んでいて今も住んでいる」が最強です。(日本の領土の大部分はそうなので、国際法を必要としません。これが大陸だと国際法が無いと収集がつきません。)

            一方で、北方領土や竹島の現状を追認してはいけないのは、それが国際法上での不法行為(秩序の破壊)により行われたからです。領土の問題ではなくて、法の価値の問題なのです。
            (相手が不法行為を認めた場合には、くれてやってもいい。)

          4. 小松左京は、
            日本の沈没に説得力を持たせるため、地殻変動などを勉強したけれど、勉強すればするほど、日本が沈んでくれなくて困ったそうです。
            頑張って沈めました。w
            ※この辺りの地殻の話しはとっても面白いのですが、本題から外れてしまうので、泣く泣く割愛します。( ´△`)

            >>「世界中に日本人が進出しても、日本人は【いざとなったら、列島に閉じこもれば良い】という意識が有る」

            これがある為に日本人は、自分の説明が下手ぴいなのでしょうね。
            「別に分かってくれなくていいよ」
            って思っているフシがある。
            面倒臭いんですよね。言葉にするのって。w
            でも、他者と付き合っ行く為には、自分の当たり前でも、言葉にしなければならない。

            人間の意識って、どこまで広がるものなんでしょうね。
            物心ついた場としての、ピンポイントの「ふるさと」から、イデア的な懐かしさを喚起させる原風景としての「ふるさと」まで。

            原風景で言ったら、沖縄でも、ふとした時に泣きそうになるような懐かしさを感じる事もある。
            たぶん、ベトナムやタイやミャンマーに行ってもそれは在るし、ヨーロッパ中東でも感じる事は出来るのだと思います。

            そういった意味では、「人類」とか「世界」とか「地球」とかまで、愛おしさを拡大する事は出来るのでしょう。

            「日本」とは何か。
            日本論、日本人論なんて腐るほどあるけどなあ。
            分かってないんだろうな。
            日本人は亡国の民になった事がないし、この先もないと思っている。
            もうちょっと考えとこっと。

            ついこの間「久松五勇士」っていう宮古のお菓子を貰って食べましたよ!
            黒糖生地でバタークリームを巻いた、「ザお土産」って感じのお菓子です。
            「ああ、そういえば、『坂の上の雲』にあったなこの話し」って思って食べたところでした。w

          5. 上の方でmottonさんが仰っている

            >>中国で漢族以外の少数民族の文化を残そうとしているのですが、本気でやると人間動物園、仕事でやるとコスプレでしかないのですよね。一方で、(自然に任せて)完全に同化するのがいいのかというと考え込んでしまうわけで。

            なのですが、
            これって、
            現代社会の中で残って行けるものは、上手く融合して残って行くだろうし、融合出来ないものは消えて行く。
            無理に残そうとしても、後継者がいなくては消えるしかない。
            その文化に、現代社会に耐えられるだけの強靭な柔軟性があるかどうか?
            ってことになって来ると思うのです。
            結局、残るものは残るし、消えるものは消えるんでしょうね。

            普遍性を試されているとも言えるかな?

          6. ちょっと「曇った見方」をすると、私もmottonさんも「日本人度」が低いですね。
            「いざとなったら帰れば良い場所としての日本」を「皮膚感覚」じゃなくて、どうしても「頭」で考えているみたいな気がします。知性的に【広い日本】を思い描いている。
            「後頭部」じゃなくて「前頭葉」で考えている訳ですねwww

            cieさんも「日本人度」は低いと思いますが、私らと違って「皮膚感覚で【広い日本】に馴染んでいる」感じがします。いろんな所に実際に住んでいるかどうか、が関係しているのでしょうか。

            私は「故郷(福島県内)」と「東京」にしか住んだことが無い。mottonさんも、同じような感じでしょうか。
            やはり「住んだ事が有るかどうか」は大きな要素です。
            しかし、たいていの日本人は「故郷」と「都会」と、せいぜい「転勤先」にしか住む経験ができません。
            こういうのが、実は「典型的な日本人の感覚」を構成しているのではないかと、ちょっと思いました。
            そうすれば「前頭葉」で対応するしかない訳です。

            論点が変わりますが、さらに「曇った見方」をすると、本州・四国・九州の「実際」は「イデア化された日本」に近いわけです。種類は違っても「あかとんぼ」は飛んでいる。薄口と濃口の差は有っても、しょせん醤油味。
            ところが、北海道・沖縄は「強い火力で炒め合わされたばかり」で、しっかりと「煮込まれて」おらず、「イデアとしての日本」と「味が違う」のだと思われます。

            そういう感覚が「悪い方向」に働いて「北海道・沖縄」は「いざとなれば捨てる所」と「心のどこかで感じている」人は、実は少なくはないと思います。
            特に「地元利権べったり」の政治家などは。

            沖縄が復帰した時に、県民はヤマトンチュの冷たさにがっかりした、という話は折に触れて見聞きしますが、そういう「ヤマトンチュの一部の本音」をウチナンチュが感じたからじゃないか、と。
            「沖縄の反本土意識は、米軍基地負担の押し付けが原因」などというのは「ウソ」だと思いますね。

            以上、すごく「曇った見方」でした。

          7. >これがある為に日本人は、自分の説明が下手ぴいなのでしょうね。
            >「別に分かってくれなくていいよ」って思っているフシがある。

            これは、たぶん違っていて、日本人(日本社会の住人)は、共存が利益になるというのを無意識に理解しています。(社会性動物である人類としては正しい。)
            だから、人は(自分のために)他者を分かろうとするはずで、そのための共感能力は(日本社会で成長すれば)あるはずだと思っています。だから、「分かってくれない」人に対しては、(互いの能力の問題ではなく)相手に共存の意志が無いと見なして捨ててしまいます。
            # 日本人は移民すると、きちんと現地に溶け込むので、説明が下手なわけじゃない。共感能力が高いため、相手の共感能力が低いと、そのレベルを把握して合わせるのに時間がかかる。

            >社会の中で残って行けるものは、上手く融合して残って行くだろうし、融合出来ないものは消えて行く。
            >無理に残そうとしても、後継者がいなくては消えるしかない。

            動植物の絶滅危惧種も同じです。自然環境で繁殖できなくなってしまった種を「保護」するのは人間のエゴでしかないのかもしれません。

          8. >># 日本人は移民すると、きちんと現地に溶け込むので、説明が下手なわけじゃない。

            現地に溶け込むと、説明は不要になります。
            自分を言葉で説明する必要がないので、説明下手っぴいのままだと思うのです。

            具体例が自分しかなくて申し訳ないのですが、私は擬態が得意なので、すぐに現地に馴染んで、さも昔からいたような顔ができます。( 外国の街を歩いていても、何故か道を聞かれることが多い。観光客に見えないらしい。w )
            例えば、沖縄での「あんた、大和ぅね?」の前後の会話は、
            「どこの人ね?( 市町村名を聞いている )」
            「内地よ。」
            「あいっ! あんた大和ね? 沖縄の人かと思ったよ。」
            です。w
            ( 最近は現住所を言うので、もはや大和と言われることもない。w )
            集団に馴染んだ顔をしていると、説明を求められたりしないです。

            摩擦や葛藤が生じて初めて、説明が必要になるんじゃないですか?
            日本人が自分を説明できるようになったのは、ある意味韓国のおかげだと思っています。

            本当のところ、日本人ってなんなんでしょうね?
            私は自分が、
            「標準的な日本人」ではないけれど、
            「典型的な日本人」だと思ってはいるのですが。。。

          9. とろいやさん

            「日本人度」についてなのですが。
            日本について、真剣に考えた事のある人ほど「低い」のはきっと、その人の内に『日本を内在化』出来ている度合いによるのでしょうね。
            つまり日本人度が低い人ほど、日本についての練度が高いと。
            パラドックスですねえ。

          10. 昨日、見かけた記事ですが。
            ttps://www.oricon.co.jp/special/57820/
            記事では「礼儀」として簡単に書いていますが、おそらく以下のような説明ができるものです。

            日本人は、社会との損益のバランスを取ろうとします。一方に傾いていると永続的な関係(対等な関係)にはならないから。だから、与えすぎると逆に相手の重荷になると、あえて踏み込みません。これが「礼儀」です。
            (『菊と刀』で”恩”や”義理”として説明されていたもの。)

            自分の要求を説明する(他者から与えてもらおうとする)のは、逆に重荷になるので抑制されます。
            一方で、摩擦や葛藤が生じた場合、皆のバランスを取るために”議論”が推奨されます。この時には、自分「達」の要求は説明されます。(その結果が、上記の記事でのバリアフリー設備の構築。)
            # 纏め役が長(おさ)。役割は調整や管理であって支配や指導ではない。

            韓国は真逆(中国の方がまだ近い)なので、日本人からは「なんで、そこまで言わなあかんの。後々、しんどいやんか。アホちゃう。」なんですよ。
            # 実際、韓国は日本やアメリカから一方的に与えられたものが思いっ切りコンプレックスになっているわけで。
            # 心の奥底では”下賜”だと思っているから、”上納”だと必死で思い込もうとしている。”取引”だと思えば楽なのに…

            アーシュラ・K・ル=グィンの SF『言の葉の樹』の惑星アカの人々が、そういう価値観の持ち主だったので、腑に落ちたという。(元ネタは古代中国の老荘思想かも。)
            彼女の代表作『闇の左手』『所有せざる人々』『ゲド戦記』は未読なら是非。

          11. 日本人は、( mottonさんも何度か言及していると思うのですが ) 真社会性生物に近いと思うのです。

            ( 自分の ) ばあちゃんの昔話しなんかを聞くと、まるで島全体で一つの有機生命体のようだと感じます。

            修道院にいた時に、指導シスターに「個」が侵害されて、退行してるみたいだという話しをしていた時に、
            「個」なんて持ったのは、あなた達の世代辺りからで、年配のシスターには、分かるはずがないと、いうような話しになって、妙に納得した事があります。
            なんかそんな話しを思い出してしまいました。

            >>与えすぎると逆に相手の重荷になると、あえて踏み込みません。

            ちょっと小さな話しになると、日本人は押し付けがましいです。
            女だけかもですが。
            例えば、お茶を淹れていようとしている人がいて、そこにもう一人やって来ます。
            「あなたも飲む?」
            「いいえ」と言ったら、
            西洋人は「そう」と言ってさっさと自分の分だけ淹れてしまいますが、日本人は押して来ます。w

            沖縄では「かめーかめー ( 食べろ食べろ ) 攻撃」というのですが、日本全国どこでもばあちゃん達は、人にものを食べさせたがります。
            これもある意味、定型の「礼儀」かもしれませんが。w

            ル=グウィンは、何かを読んでハズレだったので、『ゲド戦記』以外は読んでません。
            『ゲド戦記』は何度読み返したか分からないぐらい読んでいます。( 「4 帰還」以外は。この話しだけ全く好きになれない。アースシーの風が出た時、買うかどうか迷ったぐらい。w )
            mottonさんのオススメなので、Amazonさんで買いました。
            12月に届くそうです。沖縄届くの遅いんですよ。w

          12. ル・グィンを読むなら、短編集の「風の十二方位」が読みやすいと思います。
            ブック・オフに有れば、儲け物。

            前にも言ったっけ?
            まあ、いいや。

          13. >日本全国どこでもばあちゃん達は、人にものを食べさせたがります。

            異邦人に食物や女性を提供するのは世界共通では。
            (某SFのリシャスラ)

            >日本人は押して来ます。w
            これは「遠慮することはないわ。私があなたと楽しみたいの」(恩義を感じるのはあなたではなくて私の方)という心理かと。
            # 高価な物だと成り立たないが、お茶なら成り立つ。

            >ル=グウィンは、何かを読んでハズレだったので、
            何だろう。
            ル=グィンの多くのSF作品が属するハイニッシュ・シリーズは、再発見された異星の人類社会に調査員(観察only)としてやってくるという基本プロットを使い、(現実の社会を描くと政治で制限されるからSFを活用して)人類社会を描くというものなので、cieさんには合うと思うのです。
            # 読んだのは、ほぼ20年前なのでかなり忘れていますが…

          14. ル=グウィンのハズレは、ハズレだったので題名も覚えていません。w
            短編っていうか掌編集みたいな本だったのですが。。。
            ゲド戦記の「帰還」を読んだ後に読んだので、ハズレ2回で距離ができました。

            とろいやさんご紹介の「風の十二方位」は、ハイニッシュ・シリーズが面白かったら読みます。
            ブックオフは近くに無いので、Amazonさんです。
            それにウチナーンチュは本なんて読まないから、ブックオフもショボいはずよ。 ( もの凄い偏見だけど、県立図書館の蔵書でさえショボいんだもん。w )

  8. 非軍事的な同化政策、が沖縄併合(と言うと怒る人もいるが)ではないかと
    アイヌが蝦夷の領有を宣言し、独立を宣言するかというとその気配はかけらもなし
    今あるアイヌ協会だウタリ協会だは、利権団体でしかなく
    そも、アイヌ民族と言うてる中にはロシア系の血が入ってるのを隠してどうする

    あ、話飛びすぎてつながりがないわに、ごめんなさい
    膝がバカになってて、放浪は無理だとダメージ受けたので八つ当たり

  9. 勢いで、PW忘れて放置してたブログを紹介してしまいました
    まあいいか、決して忘れてはいないって意思表示のつもりで
    ttps://blog.goo.ne.jp/jsdf1100411
    今になって忘れたPWを何とかしろって言ったら復活できるんだろかね
    とは言うても、拉致の話が手詰まりで放置されてるのは否定もできず新しいネタもなく・・・

    まあ、飲んだくれですがワシがどういう人間かの自己紹介にはなるかな

  10. 小ネタ紹介ということで
    アメリカはロシアから。アラスカを720万だったか740万だったかドルで購入した
    それからずっと米国内では、「雪と氷しかない、広いだけの土地を買った政府はバカだ」と言われ続けてきた
    石油が発見されるまで

    なお、マンハッタン島は24ドルで購入

  11. まだわからん!
    ワシの存在意義というか求められる要素というか
    ガチの「世間で知られていない情報」を提供したらウケるのか
    あるいは、ダウンタウンの取り巻きよりはレベルが高いボケをかませばいいのか!

    知識だとアップデートができてないので、昔はこうだったってノスタル爺になってまうしい

    なお、ぬっぽんの防衛大学校が大学だと認定されてるのを知ったのは10年以内

    需要がある方面の話をしたい、って気持ちはあるんだが
    どうしてもその場の流れで、「ボケたい」が勝ってしまう
    自分のこじれた性格が憎い

    1. ありゃ?
      washiさん、求められたいのですか?
      求められたいと思ったことがあんまり無いので、どう言っていいか分からないのですが。。。

      >>知識だとアップデートができてないので、昔はこうだったってノスタル爺になってまうしい

      ↑これ、大事だと思うんですよ。
      人って、気が付かないうちに変わってしまうものなので ( エスカレートする韓国を見てると本当にそう思う。でも、日本人も人の事言えない。)、昔をきちんと覚えているのは大事で、単なるノスタルジー以上の仕事ができると思います。
      ※話しを「だから昔は良かった」という方向に持って行こうすると、仰るようにノスタル爺になってしまいます。w

      需要がある話しって、ウケなんて狙わなくても、北海道目線で十分だと思いますけど。

      1. 求められた事はない!断言
        まあワシのふぇーばりっとソングは、上条恒彦の「誰かが風の中で」なので
        どこかで誰かが待っててくれる、ってのは人生の希望であーる

        調子こいて15時から飲みだしたら、明るいうちに「ポンたら」がなくなってしもた・・・
        口淋しい

        1. washiさんが求められないのは、人の話しを聞かないからじゃないですか?

          「求められたいのですか?」の質問に対して、「求められた事はない」って、答えになってないでしょう。

          対話にならないと、面白くないじゃないですか。

          求められたいなら、人の話しをよく聞く事です。
          よく聞いて、それに見合った答えを返す事です。
          「求められた事などない」と仰りたいだけならご自由に。

          1. 承認欲求はある
            だがそれは、自分が認めた相手からの承認でなければ何の意味もなかんべ

            そも、ネット界隈で本気の話をする場合
            自分でテーブルを作るでしょう?
            他人様のテーブルでガヤをしてるんだから、そこで「俺が俺が!」ってするのは嫌いなのです
            ここでの基本は、紳士蟻が何かを思って何かを語る
            それへのリアクションをする

            つか、もう真理わかっちゃってる気がする
            自分が今発見した新事実や新発見は、たいていもう皆さんがわかっている事

            言い方悪いが、もう他人の話を聞いて新しい発見や目から鱗なんてのはないのが現実

            あるのは、何となく思ってきた事が「私の言うとおりになっただろう?」って確認
            後出しじゃなくてよ

            だいたい、本気で話を聞きたい人は、氷下魚をアテに焼酎4合飲んでないから

          2. あら?なんか悪意が見える米になってしまったか
            言われたことはその通りなのです、ワシは人の言う事はしょって読むので
            間違い勘違いはいつもあります
            なんでかってーと、人生残り少ないので焦ってるからです
            長文を真面目に読み切ってから、「あら~中身それほどなかったやん」って思うのを恐れてるのです

            はい、それは間違ってて悪い癖だと自覚はしています

          3. washiさんは、
            もの凄く矛盾したことを仰っています。

            >>他人の話を聞いて新しい発見や目から鱗なんてのはない

            なら、なぜ読む?( 斜め読みだとしても )

            >>もう真理わかっちゃってる気がする

            >>人生残り少ないので焦ってるからです

            真理が分かっているのに一体何を焦る?

            分かっていなくて、何かを求めているから、こんな所に出入りしているのではないのですか?

            人は他者と対話しても、本当に得られるのは、自己だけです。
            他者が対話として、感じ、考えたことを伝えてくれてもその人が分かるわけではありません。
            フィードバックされた「己」が分かるだけです。

            例えば、私が上の対話で得られたものは、
            「沖縄は日本である」
            という確たる思いです。
            とろいやさんやmottonさんが、何を得られたか、そもそも何かを得る気などないのか、そんな事は私には分かりません。
            私に分かるのは、私の思いだけ。
            「沖縄は日本だ」とはっきり言えるようになった事で、
            大袈裟に言えば、沖縄で生きて行ける基盤が、自分の中に出来上がったという事です。
            そんなものは無くても生きては行けるでしょうが、あれば人間が安定します。

            つまり、他者の話しを聞かないというのは、自己の話しを聞かないという事です。

            washiさんがおいくつかは分かりませんが、発言から結構なお年である事は分かります。
            それって本来であれば、承認「する側」に回ってなきゃならないのではないですか?

            >>自分が認めた相手からの承認でなければ何の意味もなかんべ

            まるで子供のようです。
            しかし、認めきれない相手を認め、受け入れ、導いてあげるのが、本来の年寄りの仕事ではないでしょうか。
            「承認欲求」は満たされる側では、既にないのではないですか?
            そう転換する時期に来ているのではないですか?
            焦りは、その辺りから来ているのではないですか?

            私はそう感じました。

          4. >例えば、私が上の対話で得られたものは、
            >「沖縄は日本である」

            故郷が日本ではない人間にとっては、
            日本語をしゃべっていれば、そこは日本なのです。
            単純だけどそれでいいと思ってます。

            もし沖縄の皆の母国語が英語になったのなら、そこは外国になったということです。
            まあそんな区分けなので私の「日本人度」は相当低かったりします。

          5. みかげさんへ

            沖縄の皆さんの母語は、
            本来「ウチナーグチ」で、日本語とは似たところもあるけれど、別の言葉です。
            ウチナーグチの会話は、英語よりもずっとずっと全くさっぱり分かりませんよ。w
            聞き取れる単語が増えて来たので、類推できるようにはなって来ましたが。
            ( もっとも、日本語は明治以降に整えられた言葉なので、沖縄以外の地域でも似たりよったりではあるんでしょうけど。)

            別の歴史を持つ別の国だった沖縄を、「日本である」と言い切る事に、私は抵抗がありました。( 左翼教育で植え付けられた申し訳なさなども、影響していると思います。)

            そういう事共が、整理され、払拭されたということです。

            とろいやさんが言及された、
            >>「北海道・沖縄」は「いざとなれば捨てる所」と「心のどこかで感じている」人は、実は少なくはないと思います。

            も、実は、
            ナイチャー日本人の「遠慮の裏返し」という側面もあると思うのです。
            「沖縄や北海道は、本当は独立したい筈」と思い込み、先住民であるウチナーンチュやアイヌに申し訳ないと、意識はせずとも感じているのは、なにも私だけではないと思うのです。
            沖縄で暮らし、感じ、考えている事を、ここで話す事で整理され、そんな「遠慮」は馬鹿げたものだと腑に落ちたのが、
            「沖縄は日本である」
            という言葉で、
            実は私の日本人度は、かなり高いのだと思います。w

            ※ ウチナーグチは、若い人たちは喋れません。単語が残る程度です。
            でも、ガテン系の人たちは濃厚に喋ります。ヤンキーは地元愛が強い。w

          6. みかげさん

            ちょっと的外れだったと思うのでもう少しだけ。

            >>もし沖縄の皆の母国語が英語になったのなら、そこは外国になったということです。

            英語ではなく、ウチナーグチなら? って事です。
            沖縄の皆さんが、完全にウチナーグチで喋るとしたらどうですか?

          7. 言語と民族、国語と国家は密接な関係がありますが、例えばヨーロッパ諸国をみると、言語と国家は一致していません。
            ヨーロッパの小国のように、地政学的に許されていたらなら、日本でもいくつかの藩が独立していてもおかしくないわけで。(逆にいうと国家の形成は地政学的な要請が大きい。国民(nationとしての民族)は後付け。)

            沖縄は独立しても自身では守れないし、日本も沖縄が敵の手に渡ると窮地となる。
            中央と地方(辺境)の関係は常にそうで、中央が辺境を切り離すと、本土(であったはずの土地)に辺境が発生し衰退します。

            (以前、紹介したかもしれませんが)
            「研究生活の覚書」ttps://blog.goo.ne.jp/william1787 というブログがとても参考になりました。北海道出身のアメリカ史が専門の先生で、イギリスの辺境たるアメリカの独立から色々と書かれています。
            # 10年前まで読んでいたのですが、最近復活しているじゃないか!
            『国民代表と地域代表』 ttps://blog.goo.ne.jp/william1787/e/da736612daaf63ac41416708ac168065
            『中央政府にとっての辺境の意味』 ttps://blog.goo.ne.jp/william1787/e/d6854766a5085b90812755de9833cad9
            『国土と住民』 ttps://blog.goo.ne.jp/william1787/e/6650da3996ff16517fe0ca4a93e9d38b
            『北海道論』 ttps://blog.goo.ne.jp/william1787/e/1046d8b73cfeb80763d35819650d3ab4

            『「北海道・沖縄」は「いざとなれば捨てる所」』は地政学的に誤りなわけで、「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」の後半を言わせてはいけないのです。

          8. >沖縄人が、みんな「ウチナーグチ」で喋るようになる。
            それは、「日本語と琉球語が言語として分離する」という現象の要素になるでしょうけど、
            まだ「必須要素」が足りません。
            その「ウチナーグチ」の「表記法」が「日本語とは別の標準型で」確定して「文章語としての琉球語」が成立しないと。

            ですから、みんながそういう喋り方をしている、という段階では「標準語からの離心率」みたいなモノは大きいけれど「方言がきついだけ」に留まるんじゃないかな。
            津軽や薩摩は、そうですけど、それと同じような状況になるんじゃないでしょうか。

            関西の人は全員「関西弁(イントネーションが)」なのと似たような感じ、かなあ。
            ちなみに、南東北の人は「アクセントによる単語の区別」が、基本的にできません。
            私も「はし」と「はし」と「はし」の違いは、全然分かりません。

          9. >沖縄人が、みんな「ウチナーグチ」で喋るようになる。

            おおう!?そこまで違うのですね。
            東北やすごい地方での方言の中に放り込まれたら「ここは異世界か!?」とか思うかもしれないですね。
            日本にいながら異文化コミニケーションなのですね。

          10. >「文章語としての琉球語」が成立しないと。

            それは、「言語」の話ではなく「国語(公用語、標準語、共通語)」の話になります。
            「国語」は、「国家」が国民の意思疎通のために単語や文法を整理して作ったものです。(多くの場合は正書法を定めて文章語も作る。)

            自然言語における言語と方言の違いの定義はありません。自然言語の広がりには(遺伝子のような)連続性があるので、区切ることで「〇〇語(〇〇が国名)」や「△△方言」「△△弁」と呼称するのは、たぶんに政治的なニュアンスを含みます。
            沖縄は島なので連続性が途切れて、その言葉を日本語(大和方言)と区別できますが、琉球語派として6言語等に分ける人もいます。(日本と沖縄の関係と、沖縄本島と他の島の関係は政治的にも言語的にも類似。)

          11. よかったら、ちょっと体感してみてください。( ´ ▽ ` )

            沖縄の喜劇の女王、仲田幸子の舞台のアドレスを貼っておきます。
            これは、字幕が付いているので分かり易いと思います。

            劇団でいご座 新聞少年 1
            ttps://m.youtube.com/watch?v=0ZRSCa2pt6M

          12. ありゃあ?返信ボタンここでええのか?

            具志堅用高(石垣島
            が言うには、本島と石垣ではヒエラルキーがあって、それを見返すために那覇の興南高校にあえて入学と、本人が言ってたから話半分

            だが、あの人はガチで強い

          13. とろいやさん

            琉球王国は、くさっても王国。
            清国や薩摩藩との交易もあったので、当然公文書もあります。
            琉球王国の公文書の文字、どんなものかご存知ですか?
            実は「ひらがな」なんです。

            中華周辺国はどこも、漢字に呑まれないよう腐心していますから、琉球もその流れなのか?
            表音記号であるひらがなが、ウチナーグチの表記にちょうど良かったのか?
            ひらがな草書体を使っていたので、
            「文章語としての琉球語」が成立していたと言えるのではないでしょうか。

            琉球はどんな文字を使ってた?
            ttp://okinawa-rekishi.cocolog-nifty.com/tora/2006/06/post_3dca.html

            もう一つ面白い話しをしましょうね。

            琉球王国の首都の、首里城には「守禮之邦」の扁額が掲げられた門がありますね。
            この『首里』と『守礼』。
            実はウチナーグチでは、同じ音なのです。
            どちらも、「すーりぃ」という発音。
            大和には『首里』チャイナには『守礼』のダブルスタンダードで交易していたそうです。
            小国には、小国なりの生き方があったのですね。

          14. 沖縄本島と離島の関係はちょっと複雑です。言葉も通じません。
            特に「本島×宮古島」は、お互いの文化的プライドを賭けたバトルがあります。w

          15. cieさん
            >劇団

            こ、これはキツイ。
            最初の「ごめんくださいー」以降、さっぱりです。
            慣れてきたらなんとかなるのかな?
            日本語に聞こえない。

          16. 長らく(本土)日本語と琉球語が対立する(日琉祖語からそれらが分岐した)とされてきたのですが、最近、九州方言と琉球語が近縁で他の日本語の方言がそれと対立するという説が出ているようです。
            # 魚と四足動物(両生類~人間)が対立すると思われていたのが、実は鯛(硬骨魚)は鮫(軟骨魚)より人間(肺魚のような硬骨魚の子孫)に近い、みたいの。
            # 言語は(遺伝子よりはるかに)水平伝搬が起こりやすいので系統樹を書くのは簡単ではないのですが。

            九州方言・琉球語の他の日本語からの分岐は比較的古い(弥生時代?)ようですが、薩隅方言と琉球語の分岐はそれほど古くないようです(1,000年前くらいに九州から沖縄へ移住)。

          17. >でも若い子たちは喋れないよ。

            よかったような、わるかったような・・・失われ行くナニかに哀悼の意を。

            いやだって、おばあちゃんっ子とかでこの喋り方しかできなくて、東京に転校したら、もう大変です。

            テレビとかの情報媒体や交通機関の発展で、少しずつ地方色も薄れていってるのですかね。

        2. 私のフェイバリットソングも「誰かが風の中で」なのですよwwwカラオケでは、必ず歌います。

          「求められているかどうか」は、自分では分からないと思います。
          「いいね」がたくさん付けば「ウケた」と推測は出来ますけど、それが果たして「需要に応じたからなのか」は不確定。

          「需要」について、一つ言えることは「その土地の人じゃないと分からない実感」を紹介してくれると、「他の地域の人には面白い」ので「そういう需要は間違いなく有る」という事です。日本はまだまだ「一枚岩」ではないし、逆から言えば「地域特性」が消えて「なだらかになり過ぎる」と面白くない、ですから。
          「よそのくに」の話は、面白いのです。
          ただ「語り口」が重要で、分かりやすさとユーモアが噛み合っていないと「ウケ」は取れない。
          「情報」として、ではなくて「エピソード」として話してくれれば、だいたい「面白く」なりますよ。

          1. ありゃ?返信ボタンはここでいいのかな?
            cieどんの言う事は、すべて正解です
            ワシは常に自己矛盾と葛藤の中で生きてきたので
            例えば、タバコは体にとって良い事は一つもない、だが吸う。みたいな

            理屈で考えて生きてないのよねワシ
            前にどっかで言ったかな?論語の、50過ぎたら心の欲するままに動いても、道から外れたことはしないはずって
            孔子は多分薄らハゲで前歯抜けてる気がするが、そこだけ都合よく教訓にしてる

            てか、人間なんてららーらーららららーらーで、矛盾しかないのですよ(決めつけ
            今朝は「今日は酒飲まないでおこう」ってワシ誓ったが、低気圧が南風呼び込んで暖かくなり
            ファンヒーターなしでも酒が旨いんだから

  12. なんかワシ、言い訳に必死だに
    なんでかな~、基本は偽悪で行ってるのに

    ああわかった、cieどんの理詰めは、うちの姉ちゃんがワシに説教する時の手順と一緒だからだ

    勝てないんだわ、2歳の時からずーっと

  13. 程よく飲んだから壁打ち

    ワシはプロの飲んべなので、飲んだ時の話に結論を期待してないしオチをつけない
    だらだらと、あーでもないこーでもない、意味はないが間を埋める話を延々と続ける
    同じ話を繰り返すのは、5周目までは同じ返しをして許す

    ロンリコの75%が三本ストックあるが、さすがに封は切らない

    1. ロンリコって何?とググると
      最強のラム酒とのこと。
      75%って普通に火がつきますね。

      おいしいのでしょうか?

      ラム酒ってチョコに入ってる甘いお酒のイメージしかなかったりします。

      1. 一瞬、「ロリコン75%」と見えたのはナイショニダ

        3本で200%を超えた時、すごく面倒見のいい園長先生みたいになるのかな?

      2. ある程度の濃度を超えたら、酒なんて一緒って思ったらさあ大変
        ウオトカは蒸留レベルが高いので、モロアルコールだが
        ラム酒がいくら蒸留して濃度上げてても、「くっせえ~」ってなる
        さすがに、ショットを一杯だけぐびっとしたら、水をガバガバ飲んで打ち止めですがあ

        ラム酒ってのは、イメージが「海賊の酒」なので、放浪癖がある奴は避けて通れない道であると思う

        だが、くっさい
        カクテル界隈ではアレンジが多いというが、ワシには関係ない世界

        1. ラム酒の匂い?臭かった?
          むむむ…(チョコに入ってる甘い匂いを思い出そうとしてる)
          そう…たしかあの匂い!ウイスキーボンボンだ!

          あれ、違う?
          まあお酒ですね。

          紅茶に入れると大人の味になるとか。

          1. ラム酒はラムレーズンのイメージ。
            ラム酒自体の匂いって、そういえば分かんないかも。w
            ラムレーズンだけでも食べないし。
            ラム+レーズン+チョコ、ケーキ、アイスで、さらに甘い匂いのイメージしかなくなる。

          2. みかげさんへ ( ウチナーグチ追記 )

            慣れてきたら、意外と聞き取れます。w
            動画選ぶ時、「結構日本語だなあ、これだと分かり易過ぎるかな」って思ったりしました。w

            でも、普段はだいたい共通語 ( 標準語とは言わない ) で喋るから大丈夫。
            イントネーションが独特なので、来たばっかりの頃は、それでも聞き取り辛くて、何回も聞き返したりしたけど。w

            標準日本語とは全く違う単語も多いし、言い回しも違うので、そこは別言語の学習と一緒。
            でも若い子たちは喋れないよ。
            それは内地の地方でも同じだけど。

  14. 一応宣言しときますが

    ワシは無害です
    グダグダ言うだけで、それで終わります
    思い通りにならない世の中に対し、酒飲んで愚痴こぼして寝る

    夜明けのカラスがギャアギャア言うのと一緒

  15. ああボケたい金曜の夜

    見たことないんだけど、「ハリーポッターと不死鳥の騎士団」
    タイトルだけで「何言ってんだおめーは?」で

    ハリー・レイスはインディアンデスロックって思い浮かんだ
    そしたら焼酎がなくなった・・・
    泡の出る酒はあるんだが、飲めば飲むほど体が冷えて目が覚める

  16. 平成23年の1円玉が、¥3000だってテレ東が言ってる

    誰でも作れるやん・・・って思ったら反則ですからね

  17. 本家ブログのコメントで、見えてた返信が見えなくなったり、おかしくなってます。
    投稿した返信の反映に時間が掛かるとかは、以前もありましたが、ちょっとそれとは違う障害が発生してると思います。

  18. 【本スレより引用】
    ※とろいや小ネタ劇場より
    >同伴者
    「ねぇねぇ、カンコちゃんってさ、太客がみんな離れちゃって、同伴してくれるの、シナーさんだけなんだって」
    「え?カンコさんには、北さんがいるんじゃないんですか」
    「あれは、客じゃなくて、ヒモ」
    「カンコさんの顧客リストに、日乃本さんと、ヤンキーさんも載ってますけど?」
    「あの人たちは、本当の太客だけど、今はインドちゃんやたいわんちゃんと同伴するようにしてるみたいよ」
    「ロスケさんは?」
    「あの人は、ずっと、ウクライナちゃんに入れあげてるの」

    このオチの、ウクライナちゃんネタが秀逸です!
    わからない人は少ないと思いますが、ロスケ=ロシアに対する蔑称。russki (ロシア人)の意。
    これ、転用とかじゃなくてとろいやさんの創作だとすれば、かなりのヒット作だと思います。

    1. ウクライナちゃんは、ロスケさんを好きなわけじゃなくて、むしろ嫌っているんですが。
      ロスケさんは、ウクライナちゃんの部屋に押し入ろうとしています。
      「あいつは、元々、俺のモノだ。好きなようにして何が悪いんだ」と公言してるみたいです。

      というニュースを見て、ネタにしてみました。

      1. ウクライナちゃん「あれがウリのDV夫ニカ?」

        ・・・そんな喋り方しないか。

        ロスケさん「そのボルシチもらったー!」
        ウクライナちゃん「アイゴー!」

        ・・・中国と北か韓国のような関係ニカ?

  19. ttps://sincereleeblog.com/2021/12/08/triple/comment-page-3/#comment-361790

    カニ太郎 2021年12月9日 09:04
    =================
    カニ太郎は「変節漢」と言われることを、史上最大の誉め言葉だと思って【 30年生きてきました】から、みかげさんには、カニの思考はちょっと理解できないだろうなぁw
    =================

    あれ?
    もっと年をくってる設定じゃなかったっけ?

    なんか、バブル期に不動産屋にいて、地上げしてたとか、キャンディーズが青春だった、とか言ってたような???

    1. 30すぎてから、変節漢に目ざめたのかも。

      でもここですごいのは、陛下の思惑について話をしているのに
      「カニの思考」になっていること。
      カニさんの主張を陛下のメッセージとし、陛下の思惑がカニさんの思考になっているのです。

      変節漢とかではなく、思い込みが激しく、陛下と自分の意見やらの区分ができなくなっているのです。

      宮内庁含め、陛下が国民にワクチン中止のメッセージを発することはないのです。
      その現実とカニさんの妄想の衝突なのでした。

      1. >30すぎてから、変節漢に目ざめたのかも。

        ですかねぇ…
        可能性としては、
        1)現実は60代近辺で、『30年』は単なる書き間違い
        2)現実は30歳前半で、ここでは60代近辺で振る舞っている
        3)現実は60代近辺で、30年前に変節漢にクラスチェンジした
        4)観客を惑わすための罠

        1)は、
         a)単純に書き間違えた
         b)他のハンドルで使ってた設定を間違えて書き込んだ
        1)ーa)は、「普通、こんな所で書き間違えるかなぁ?」って疑問が生じる。自分の歳を間違えたわけですからねぇ…
        1)-b)は、普通にアリ。以前、他のサイトでも暴れてた(らしい)から、今回、アタマに血が登って、別サイトでの設定を間違えて書いちゃったのかも。

        2)は ねぇ… 
        本当なら可能性は一番高そうなんだけど、ネットでわざわざ高齢者を騙るメリットって、ありますかねぇ?

        3)は、みかげさんの説
        これが正解だとすると、『これアカンやつや』感が倍増しますね…
        ダッテ、フツウ、ソンナ カゾエカタ シナイシ…

        4)は、無いな!ウン

        >変節漢とかではなく、思い込みが激しく、陛下と自分の意見やらの区分ができなくなっているのです。

        何度も指摘されてるのに、絶対に認めないですからねぇ…

        >宮内庁含め、陛下が国民にワクチン中止のメッセージを発することはないのです。
        >その現実とカニさんの妄想の衝突なのでした。

        山本太郎があれだけ叩かれたのに、同じような事をやってますからね。

        1. >40年を越える中央競馬との戦いで鍛えられた

          そうなので、馬券は20歳からなので、60以上っぽい。
          正解は③で30くらいで変節漢にお目覚めになられたようです。

          10歳から馬券を買っていてもいいですが(よくないか)
          それでも50です。

          まあいろいろとめちゃくちゃなのです。

          1. >正解は③で30くらいで変節漢にお目覚めになられたようです。

            なるほど…

            30年ちょっと前というと、バブル崩壊の頃ですね。
            そこで何かあったのかもしれませんね。
            知らんけど。

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